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【第1部】 第11話 おじいちゃん

last update Last Updated: 2025-06-20 17:01:24

 家に帰ってからも、ヘンリーは私の側を離れなかった。

 どこへ行くにもついてきて、嬉しそうに私の周りをぐるぐると旋回している。

 ちょっと移動するだけでもピタリとくっついてくる。トイレへ行くときでさえ、ドアの外で待っているという状態だった。

 いい加減、私の我慢も限界に達してきた。

「ヘンリー、いい加減にして」

「え?」

「私にもプライベートがあるんだから。そんなに四六時中一緒にいられたらストレス溜まるよ」

 少し強い口調で言うと、ヘンリーはきょとんとした表情をして私を見つめた。

「流華……僕と一緒にいるの、嫌?」

 可愛い瞳を向けるヘンリーから視線を逸らし、私は思い切って想いをぶつける。

 ここでしっかり自分の気持ちを言っておかないと、ヘンリーはどんどん調子に乗ってエスカレートしていく気がしたから。

「嫌とかそういう以前に、これだけべったりくっつかれたら迷惑だよ。

 ヘンリーは王子だから今まで何でも許されてきたのかもしれないけど、もう少し人の気持ち考えた方がいいんじゃない?」

 少しきつく言い過ぎたかな?

 横目でヘンリーの様子を窺うと、ヘンリーは黙り込み下を向いていた。

 ゆっくりと顔を上げたヘンリーの表情には、いつもの明るさはなくなっていた。

 潤んだ瞳、沈んだ悲しげな表情、眉は八の字で口はへの字に曲がっている。

「……ごめんなさい」

 小さな声でそう言うと、ヘンリーは私に背を向け静かに歩き出す。

「あ……」

 その後ろ姿があまりにも寂しそうで、なんだか抱きしめたい衝動に駆られてしまった。

 しかし、ここで甘やかしてしまうと逆戻りだ。

 ここは我慢だ。

 私は伸ばしかけたその手を引っ込めた。

「……つまんないテレビ」

 夕食を食べ終えたあと、居間でテレビを見ていた私はぼそっとつぶやく。

 とくに見たいテレビがあるわけでもなく、映った番組を適当に見続けていた。

 いつもならヘンリーが私の周りをウロチョロして、話したり、ちょっかいをかけてくる。

 それを発見した龍が怒って、ヘンリーと喧嘩を繰り広げるという光景が最近の私の日常だった。

 たった数日の出来事が、もう私の日常に溶け込んでいたことに驚く。

 自分で突き放しておいて、ヘンリーが側にいないことをこんなに寂しいと思うなんて。

 私はなんて勝手な女なんだ。

 大きなため息が口からこぼれた。

「どうした?」

 祖父の大吾が私の前に現れた。

 酒の瓶を片手に持ち、もう片方の手にはグラスを持っている。ニコニコと微笑みながら、祖父は私の隣に腰を下ろしてきた。

「流華、元気ないじゃないか」

 祖父はグラスに酒をなみなみと注ぎ、それをグイッと飲み干した。

「あー、うまい! 人生これがないとつまらん」

 本当に幸せそうな祖父の顔を見て、私はふてくされた。

「おじいちゃんはいいね、すぐ幸せになれて」

 私の不遜な態度を祖父は軽快に笑い飛ばす。

「人生なんて自分が思った通りになるんじゃぞ!

 自分が幸せだと思えば幸せ。不幸だと思えば不幸。そのとき思ったことが現実になる。

 起こった事実は変わらんが、どう捉えるかは自分が選べるからな」

 祖父の優しい眼差しが私を射抜く。

 この人は、たまにすごく良いことを言う。だてに年を取ってはいないということか。

「さて、流華。なんでそんなつまらなさそうにしておるのかな?」

 ぐいっと祖父の顔が私に近付いた。

 祖父の笑顔が私の心をほぐしていく。

 いつもすべてを打ち明けてしまえ、という気持ちにさせる不思議なパワーがこの笑顔にはあった。

「……ヘンリーに酷いこと言っちゃった」

「ほう、どんな?」

「迷惑だ、って。……あまりにもずっと私にくっついてくるから。もっと人の気持ち考えろって、言っちゃった」

「ふーん」

「私酷い?」

「さあなあ……後悔しとるのか?」

「……うん」

 私の返答に、祖父はニヤッと笑った。

「じゃ、謝ればええ」

「え……」

「あれじゃな……ヘンリーも流華も似とるよ」

 祖父の言葉に私はポカンと口を開けた。

 私とヘンリーが似てる?

「人との距離感がわかっとらん。

 お互いに今まで人と対等に接してこなかったから、どのように人と距離を取ればいいのかわからんのじゃ。

 ヘンリーは近づき過ぎて失敗。流華は遠ざけ過ぎて失敗。ちょうどいい距離がお互いわかっていない。

 二人は似とるよ。今まであまりそういうことが無かったんじゃな。

 これから、二人で学べばええ。まだ若い、これからじゃ。

 ヘンリーはいい奴だ、わしは好きじゃよ。仲良くしなさい」

 祖父は私の頭をよしよしと撫でた。

 小さい頃から何百回とされてきたこの行為。

 祖父の手はとても大きく温かい。

 この手で撫でられると、とても心地がいい。

 私が照れくさそうに笑うと、祖父は優しく笑いかけてくれた。

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Comments (1)
goodnovel comment avatar
憮然野郎
流華の祖父の台詞、説得力がありますね(๑˃̵ᴗ˂̵)そして、流華のことをいつも本当によく見てるんだなって思いました...
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